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大阪高等裁判所 昭和29年(ネ)1195号 判決

控訴人 中山与惣七

被控訴人 堤正一 外一名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は原判決を取消す控訴人は被控訴人堤正一に対し滋賀県坂田郡近江町岩脇字東前田六百三十二番地の一田一反七畝十五歩内畦畔二十五歩の内北側五畝歩を除く部分につき賃借権のあることを確認する被控訴人西川虎吉は控訴人に対し右土地につき賃貸権のないことを確認する訴訟費用は第一、二審共被控訴人等の負担とする旨の判決を求め被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた控訴代理人の事実上の陳述は本件土地は被控訴人堤正一の亡父堤庄平の所有であつたが同被控訴人においてその家督相続をなし右土地の所有権を承継取得し賃貸人の地位を承継したものであると附陳した外原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

被控訴代理人は答弁として控訴代理人の主張事実中控訴人主張の土地がもと被控訴人堤正一の亡父堤庄平の所有であつたが同被控訴人がその家督相続により右土地の所有権を承継取得したこと被控訴人堤正一が被控訴人西川虎吉に対し右土地につき昭和十六年一月十日の売買を原因として昭和二十八年五月二十七日所有権移転登記をなしたことは認めるけれども爾余の事実は否認する被控訴人堤正一は右土地の内五畝歩を訴外亡横田久吉に内二畝歩を訴外岩脇定次郎に内一畝歩を被控訴人西川虎吉に残部を控訴人に賃貸していたが被控訴人堤正一は昭和十六年一月十日被控訴人西川虎吉に対し右土地を売渡しその代金受領と同時にこれが引渡を完了したのであるが被控訴人堤正一において当時右土地の北隅に建設の小屋に居住していた横田久吉が永年被控訴人堤正一の亡父庄平に奉公していたことがあつて右土地を他人に売渡すことは同人に義理が悪い故暫時内密にしてくれと懇請したので被控訴人西川虎吉はこれを諒承しその所有権移転登記をなすことを延期していたところ右横田久吉が昭和二十一年一月死亡したため被控訴人西川虎吉は同年二月中被控訴人堤正一に対し右登記手続を請求したが被控訴人堤正一は前記売買並びに右土地の引渡のあつたことは認めながらその登記手続をなすことを遷延していたそこで被控訴人西川虎吉は被控訴人堤正一を相手方として昭和二十八年三月中米原簡易裁判所に右土地の所有権移転登記手続履行請求の調停申立をなし同調停委員会の和解勧告に基き同年五月二十七日被控訴人両名間に和解成立し調停と同一の効力を生じこれに基き同日前記所有権移転登記手続を完了したものであるしかして被控訴人両名間に右土地の売買契約が成立した当時は農地の売買につき行政機関の認許を必要としなかつたもので農地の引渡又は調停があれば農地法施行後においても登記手続をなし得たものであるしかして本件土地の所有権取得により賃貸人の地位を承継した被控訴人西川虎吉は賃借人たる控訴人に対し未だ本件土地の賃貸借契約の解約申入をなしたことなく又控訴人は賃貸人の何人たるやに拘らず農地法により平等に保護せられているから本訴確認の請求はその利益なきものであると述べた。

〈立証省略〉

理由

控訴代理人主張の土地がもと被控訴人堤正一の亡父堤庄平の所有であつたが同被控訴人がその家督相続により右土地の所有権を承継取得したこと並びに被控訴人堤正一が被控訴人西川虎吉に対し右土地につき昭和十六年一月十日の売買を原因として昭和二十八年五月二十七日所有権移転登記をなしたことは当事者間に争のないところであつて当審証人中山与三の証言、当審における被控訴人堤正一の供述に弁論の全趣旨を綜合すると控訴人は被控訴人堤正一の亡父堤庄平から右土地の内北側五畝歩を除く部分を賃借小作したが被控訴人堤正一は庄平の家督相続により右土地の所有権を承継取得すると同時に賃貸人の地位を承継した事実が認められ右認定を覆すに足る証拠はない。

控訴代理人は被控訴人西川虎吉は被控訴人堤正一を相手方として被控訴人両名間に昭和十六年一月十日右土地の売買があつたとの虚偽の事実を理由として長浜簡易裁判所に調停の申立をなし右調停により被控訴人堤正一から被控訴人西川虎吉に対し右土地の所有権を移転した旨の調停を成立せしめ右調停調書に基き前記所有権移転登記をなした旨主張するけれどもこの点に関する当審証人中山与三の証言は措信することができず他に右事実を確認するに足る証拠なく却つて成立に争のない乙第三、四号証、当審証人森野俊次の証言により真正に成立したものと認める乙第二号証、当審における被控訴人堤正一の供述により真正に成立したものと認める乙第一号証、当審証人森野俊次、同西川嘉平の各証言、当審における被控訴人堤正一、同西川虎吉の各供述を綜合すると、被控訴人両名はいづれも以前米原機関庫に勤務していたものであるが被控訴人西川虎吉は退職後農業に従事する意思があつたところから昭和十六年一月十日被控訴人堤正一から耕作の目的で同人所有の本件土地を代金千四百円で買受けその代金の支払を了したのであるが被控訴人堤正一において当時同人から右土地の北隅の一部を借受け同地上に小屋を建設してこれに居住していた横田久吉と特別の縁故関係があつて本件土地を他人に売却することを同人に知られることを憚り暫時これを内密にされたい旨懇請したので被控訴人西川虎吉はこれを諒承してその所有権移転登記をなすことを延期したが右土地の小作料は控訴人から被控訴人堤正一に支払われ同人ははじめこれを被控訴人西川虎吉に交付したが後には同人の依頼によりこれを以て右土地の税金の支払に充てたこと、並びに右横田久吉は昭和二十一年一月死亡したのでその頃被控訴人等から控訴人に対し右売買の事実を通告し一方被控訴人西川虎吉は爾来被控訴人堤正一に対し右土地の所有権移転登記手続を請求してきたのであるが被控訴人堤正一は右売買の事実を認めながらその登記手続を遷延したので遂に被控訴人西川虎吉は被控訴人堤正一を相手方として昭和二十八年三月米原簡易裁判所に右土地の所有権移転登記請求の調停申立をなし同年五月二十七日被控訴人両名間に調停外で和解成立し前記所有権移転登記がなされた事実を確認することができる。

控訴代理人は被控訴人両名間に右土地の売買契約が真実なされたものとするも地方長官の許可なく且つ農地調整法施行の日迄にその所有権移転登記又は右土地の引渡がなかつたものであるから農地調整法により制限せられ右売買契約は無効である旨主張するから判断する。

被控訴人両名間に本件土地の売買契約が成立しその代金の授受がなされたのは昭和十六年一月十日であること前認定のとおりであつて当時は未だ農地の所有権の移動を規制する法令は施行せられていなかつたものであつて農地所有権の移動を規制する法令は先づ昭和十九年三月二十五日勅令第百五十一号により臨時農地等管理令第七条の二の規定が新設せられ農地所有権等の譲渡契約を締結しようとする当事者はその契約締結につき農商大臣の定めるところにより地方長官の許可を得くべき旨規定せられたが昭和二十年十月二十八日法律第六十四号第一次改正農地調整法はその附則第五条第一項により臨時農地等管理令を廃し同法第五条により農地所有権等の移転については地方長官又は市町村長の認可を受けなければその効力を生じない旨を明らかにすると共に除外例として同法第六条第三号により耕作の目的に供するため農地の所有権等を取得する場合には右認可を受けることを要しないこととされていたところ昭和二十一年十月二十一日法律第四十二号第二次改正農地調整法はその第四条により右除外例をも認めず耕作の目的に供するため農地の所有権等を取得する場合についても地方長官の許可又は市町村農地委員会の承認を受けなければその効力を生じない旨その規制を強化すると共にその経過的措置として同法附則第二項において「第四条の改正規定はこの法律施行前の従前の第六条第三号の規定に依り従前の第五条の規定に依る認可を受けないでした農地に関する契約で当該契約に係る権利の設定又は移転に関する登記及び当該農地の引渡の何れもが完了していないものについてもこれを適用する」と規定したが昭和二十七年十月二十一日農地調整法は廃止せられて農地法が施行せられ農地調整法第四条による農地所有権等の移動統制は農地法第三条に承継せられたのであるが右第二次改正農地調整法附則第二項にいう「この法律施行前にした農地に関する契約」とは第一次改正農地調整法施行後に例外規定たる同法第六条第三号により地方長官の認可を受けずしてなされた契約を指称し右施行前(臨時農地等管理令施行当時乃至それ以前)になされた農地所有権移転契約には右附則第二項の適用はないものと解すべきであるから前記の如く昭和十六年一月十日被控訴人両名間に成立した本件土地の売買契約は同附則第二項の適用をみる場合に該当せず第二次改正農地調整法施行当時迄にその所有権移転登記又は右土地の引渡がなされていなかつたとしても地方長官の許可を受ける必要なくその効力発生せるものといわなければならない。

してみると被控訴人両名間の右売買により本件土地の所有権は被控訴人堤正一から被控訴人西川虎吉に有効に移転されたものと認められるから右売買契約が無効であつて被控訴人堤正一が依然として右土地の所有権者であることを前提とする控訴人の本訴請求は爾余の点につき判断を俟つまでもなく失当である。

よつて控訴人の本訴請求を棄却した原判決は相当であつて本件控訴は理由がないからこれを棄却し控訴費用につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松村寿伝夫 藤田弥太郎 小野田常太郎)

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